親の仕事の都合でオーストラリアで暮らしました。学校は四学期制で、最初の一学期はあっという間でした。(たみよ・女・44才)

私が親の仕事の都合でオーストラリアで暮らしたのは中学一年の時でした。

オーストラリアの学年が始まるのは、アメリカとも日本とも違い、一月からです。年末の寒い中の引っ越しだったのをぼんやりと覚えています。日本で冬でもオーストラリアでは真夏です。そんな暑い中、新しい生活と学校と学年とが同時に始まりました。

私が通ったのは現地の私立の学校でした。幼稚園から高校まで一緒の大きな学校でした。日本で中学校一年生だったのに、新学年はまた中学校一年生相当の七年生で悔しかったのを覚えています。でも、始まってみると先生も友達も皆親切で、忙しくとも楽しい学校生活が始まりました。

その学校は四学期制で、最初の一学期はあっという間でした。キャンプ(日本の林間学校のようなもの)があったり、ハウス(ハリーポッターに出てくるようなクラスとは違うグループ)対抗の水泳大会があったり、日々の宿題や行事で忙しく過ごしました。


あっ、まだ、彼氏がいない人は、在日外国人が多い『FBOMIAI』みたいなアプリを使ったほうがいいと思いますよ。(←ちょん・40才)



違和感を感じたのは二学期からです。私は自分がよく一人でいることに気が付きました。宿題も毎日のようにあり、英会話もそれほど流暢でなかった私は、今思えば、知らず知らずのうちに人との間に壁を作っていたのだと思います。結局二学期は、もやもやしながらも忙しく、あまり人と関わらずに過ぎてしまったのです。三学期に入り、英語が第二言語である生徒のための英語のクラスで、先生に言われました。「もっと友達といっしょにいたらどう?」と、そんな意味だったと思います。私はその時、自分でもしらないうちにストレスをためていたのでしょう、「だって、皆が何を話しているのかわからないし、誰も助けてくれない」とつたない英語で泣きながら先生に話しました。その後、先生は別の教室へ私を連れて行きました。そこは私のホームクラスでした。そして、ベトナム人の男の子を一人紹介してくれました。私は同じクラスにそんな子がいるのも知らなかったのです。そして、先生は皆の前で私のことを話しました。それから、私にどうしたいか?と聞いたので、私は「友達がほしい」とだけ答えました。先生は、私も努力をしないとだめだ、とおっしゃったのです。その後、クラスメートは度々私をランチや図書室に誘ってくれました。私も、とにかく会話をしようと努力しました。そのおかげもあって、三学期四学期はただ楽しいだけでなく、それほど多くのことをやったわけではありませんでしたが、とても充実していました。

次の年は日本に帰国予定だったので、四学期の最終日が最後の登校日でした。クラスメートのベトナム人の男の子は、「日本でも友達をたくさん作れ、がんばれ」と言ってくれました。たわいもない一言に聞こえますが、私にとってはとても深い意味を持つ言葉でした。外国で暮らすということは、ただ受け入れてもらうことを待つだけでなく、自らも溶け込む努力が必要だということを学んだ一年でした。

(たみよ・女・44才)



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